乙女の旅路(東京その2)

theklf2005-05-30

写真:和敬塾の裏庭から

「東京には並木道がある」

【目白】
目白四部作はここがモチーフだったのだなあ、などと思いながら街を歩く。目白の町並みや空気はどこかおっとりとしていて、品の良さがそこかしこににじみ出ている気がする。たぶんそれは私の印象というだけではなくて、実際に日本女子大学の裏門に見えるバラのアーチ(大学にそんなものがあるなんて!)やツタの這う道沿いの民家、成瀬記念講堂、緑の溢れる目白通り‥‥静かに立ち並ぶ昔からあるもののひとつひとつが、そういう空気を持っているのだと思う。
街の空気は恐ろしい。よいところはよいふうに、荒んでいるところは荒んでいるふうの空気が滲んでいる(ただそれは人によって違うから、どれがいいとか悪いとかいう話ではない)。そんな風に言うとまるでMeetsのタイトルみたいでちょっぴり気恥ずかしいけれど、本当だから仕方がない。

お目当ては通崎睦美さんがキュレーションをした「通崎好み“選”展」。去年の夏、アサヒビール大山崎山荘美術館でやるというチラシにわたしは地団駄を踏んだ。あの綺麗な美術館にまた行けない、楽しそうな展覧会はいつも帰った後に始まる。

そんなことがあった後の話。

細川公爵邸だったという和敬塾は、こんもりとした森のようなアーチをくぐると現れる。イギリスのチューダー様式を取り入れているのだそうだ。とはいえ、折衷様式のモダンさがどことなく独特な印象を与える。

通崎さんのアンティーク着物好きは関西ではかなり有名だったから、この展示でも期待を裏切らないかわいらしさだった。銘仙は普段着だからかしこまった場所には着ていけないけれど、普段着だからこその鮮やかさとかわいらしさがある。単に反物や帯の柄を見てもそうだし、こういうお着物に合わせる小物(半襟とか帯留め、下駄の鼻緒とか)のかわいらしさも群を抜いている。そんなものばかりを集めた通崎コレクションが建物のあちらこちらに点在している。

すっかり乙女モードに戻ったおばちゃんたちが、かわいらしい下駄の前で興奮したように話をしている。そういうのはとてもかわいらしい。かわいらしいものを見ると、女の人はいつでも乙女に戻るのだ。

資料の中に須田剋太小磯良平に描いてもらった自画像があった。須田剋太は昔働いていたところにコレクションがあったから、かなりいろいろと見たなあと記憶を辿る(かなり豪快なタッチなので、私はあまり好きではないのだけど)。

静かに階段を上がったり下りたりしながら展示を巡る。屋上から見る塔や窓枠、階段から見る電灯、ちいさなパーツがいちいち美しい。建物の裏に隠れるようにして大きなお庭が広がっている。短く刈り込まれた芝生は瑞々しく、手入れが行き届いているのがよくわかる。とてもきれいな緑色をしていた。

少し歩いて鬼子母神へ。周辺の人しか乗らない路面電車を見ながら、乗っても目的地にはたどり着けないことがわかって悔しい。
鬼子母神に続く道にもけやきの並木道がある。駄菓子屋が店を構える神社の境内では子どもがたくさん遊んでいる。ついてきたお母さんやお父さん、近所のおばちゃん。大きなご神木がそんな人々を、すべてを見守っている。
都心ではもうなくなったと思われているようなものが、ここにはたくさん残っている。

東京にある美しいものの知識が増える。

【表参道】
待ち合わせ場所のスパイラルから表参道を下がる(と言えるのだろうか。位置的には西向きだから言ってみれば西入ルなのだろうけど、どうも青山から表参道は北から南のイメージがあるので思わず下がると言ってしまう)。
ここにも並木がある。東京では意識しないと緑がなくなってしまうからなのか、ただ単に敏感なのかよくわからないけれど、そこかしこに人工的に植えられた緑がある。

その並木を横にして、ぼつぼつと話をしながら歩く。おいしいご飯の場所とか、初めて名前を聞いたビールとか、音楽のこととか、いろいろなことを教えてもらう。バッグを褒めてもらった。

東京にしかない楽しいこともある。